帝国ホテルプラザ開業35周年記念特別企画

魅惑の美人画〜竹久夢二の世界〜

2018年12月10日(月)〜12月25日(火)

11:00〜19:00(最終日は17:00)

 

美人画で一世を風靡した「大正ロマン」を代表する画家。

その代表作をはじめとして貴重な肉筆画、当時の初版木版画、そして厳選した復刻版を揃えた珠玉の竹久夢二展。

現在人気の美人画にも影響を及ぼした「夢二式美人」の、冬のこの時期に相応しい心温まる名作をラインナップ。時代を超えて人々の心に生き続ける夢二芸術の魅力をお楽しみください。

 

プロフィール

 

明治17年〜昭和9年(1884〜1934)

岡山県の南東、邑(おく)郡本庄村に生まれる。

子どもの頃より絵に魅かれた夢二は、神戸中学に進み、エキゾチシズムの洗礼をうける。しかし、父の事業欲により一家は九州に移住するも、夢二は家出をし上京、画家を志望するも父の反対で早稲田実業入学。

キリスト教者や幸徳秋水ら社会学者と交わる。


19歳で、生活のために絵ハガキ製作をはじめる。 


23歳の時、早稲田鶴巻町で絵ハガキ店を開いた未亡人、岸たまきと出蓬い、結ばれる。彼女をモデルとして“夢二式”美女を描き、人気作家となる。

二年後に離婚。


その後たまきと「港屋」を開店するが、画学生笠井彦乃との悲運の恋燃え上がる。笠井彦乃は大正九年に病死。

その後も、お葉、山田順子など女性遍歴は続く。 


大正十二年の大震災による受難期をくぐりぬけ、昭和六年に渡米。


しかし、数回の個展を開くも成果を上げられず、続いてドイツ、イタリァなどを旅する。


昭和八年、病で帰国。その後の台湾旅行の後、病状悪化。


翌年、信州富士見高原療養所で永眠。


雑司ヶ谷墓地の夢二の墓には、有島生馬の筆になる碑文「竹久夢二を埋む」が彫られている。

本名:竹久茂次郎。

(港屋:竹久夢二物語より抜粋)